「保育士バンク!総研」所長・石毛との対談企画。記念すべき第1回目は、”こどもを核としたまちづくり 明石市”を掲げ、子育て世帯への負担を軽減する施策や保育士への支援も数多く実施されてきた、元明石市長の泉 房穂氏をゲストにお迎えし、「保育の未来」についてお伺いしました。【泉 房穂氏 プロフィール】https://izumi-fusaho.com/profile.html■「こどもを核としたまちづくり」明石市の実績・10年連続人口増・人口増加率 中核市で全国1位・地価7年連続上昇・増収8年連続増・基金残高51億円増・市民満足度91.2%■明石市独自のこども施策「5つの無償化」・18歳までの医療費無料(2013年~)・第2子以降の保育料無料(2016年~)・中学校の給食費無料(2020年~)・公共施設の遊び場無料(2013年~)・おむつ定期便(満1歳まで)無料(2020年~)■保育関連の施策人口増となったことにより、保育園の待機児童増となったが、各種施策を実施①保育所の確保● 受け入れ枠を毎年1000人規模で拡大● 市の公共用地を提供● 建設にかかる費用の8分の7を市が負担②保育士の待遇改善● 新たに明石市で働く保育士に、最大30万円の一時金を本人に直接支給● 勤続7年目の保育士に、最大160万円の定着支援金を本人に直接支給● 保育士の家賃や給料を直接補助● 保育士の子どもに保育所への優先入所権③市民への対応● 認可外保育所の利用者に月2万円の助成● 待機児童を在宅で育てる世帯に月1万円の助成【保育士バンク!総研 所長 プロフィール】https://www.nextbeat.co.jp/about/directors/interview/2子育てしやすく、保育士にもやさしい町。”保育士にダイレクトに”支援が届く明石市の取り組み石毛:明石市長時代に「おむつの宅配」や「待機児童解消」、「保育士待遇の改善」などに先駆けて取り組まれ、子育て世帯や保育士に向けて様々な変革をされてきましたが、その手応えや背景について、まずはお伺いできればと思います。泉さん:大前提として、「子どもを大事にするのが、みんなのため」だと思っていて、 今の社会は子どもに対して冷たすぎると感じます。そして、子どもに寄り添う専門職にも冷たい。これは、高齢者や障害を持つ人に対してもそう。 「人に寄り添う人」に対しての応援が足りないと昔から感じていて、なんとかしなければと考えていました。ですので、明石市長になってすぐに、「こどもを核としたまちづくり」という政策を掲げ、さまざまな施策を実施してきました。その効果は、子どもに関わる人だけではなく、街のにぎわいや税収、街の発展、そして市民の幸せに繋がっていきました。根底にあるのは、「子どもを応援するとみんな幸せ」という概念なんですけどね。これがまだ日本の社会には根付いていないと感じています。今年度、こども家庭庁が発足しましたが、社会全体で子どもを応援するというのは、まだまだこれからかなと思っています。子どもは、未来そのものなんですよ。やはり人が大切で、「人に寄り添う人」に寄り添うべき。世界で日本ほど、保育士や福祉に関わる職種に冷たい国はないのではないでしょうか。保育士は、命を預かる大変な仕事で、いろいろな事情がある人に寄り添っている。子どもというのは単に年齢で子どもと言うけど、 発達障害の子もいれば障害のある子もいるし、幅広い子どもに寄り添うって大変なことだと思います。その仕事を担う人に対して、もっと権限と待遇を保障するのは当たり前であり、 市長になる前からそれを放置してきた日本社会に対して憤りを感じていました。保育士の処遇に関しては最近見直しがされているけれど、ベースが低すぎるからもっと抜本的な待遇改善が必要だというのが持論です。明石市長だった12年間で何をしたかというと、「明石市は全ての子どもたちを街のみんなで応援する」という形で、子どもを取り巻く環境を支えている保育士に対しても、さまざまな支援をしてきました。まず、わかりやすい施策でいうと「保育士定着支援金」として、採用後7年間で最大160万円の支援金を直接支給するというものです。ポイントは、協会や経営母体を通すのではなく”保育士本人の口座に振り込む”ということ。ダイレクトに保育士を応援している点が特徴で、それをやっている自治体は殆どないのではないかと思っています。加えて「保育士のお子さんは、優先的に保育所に入所できる」施策も実施しています。明石市内に就労中、または就労予定の保育士のお子さんは、優先的に市内の保育施設に入所できる仕組みを整え、育休や休職から復帰を目指す方をサポートしています。また、毎月の家賃負担を軽減するため、月額最大57,000円を限度に家賃補助をしています。その他、保育士への給与改善を実施した私立認可保育園に対して、月額給与増額分(最大20,000円)の2分の1、10,000円を限度に助成しています。私は人を応援するのだから、「保育士さんも直接応援したい」という考え方で、働く環境整備をしてきました。トラブルを抱えた時のサポート体制も整えていて、明石市で弁護士を採用して、保育士自身が無料で相談できる仕組みになっています。 保育士の労働環境を安定させることで、子どもが輝く社会をつくる石毛:子どもを育てやすい社会にするためには、保育士の労働環境改善や保育の質を担保することが欠かせません。今後の保育のあるべき姿についてはどうお考えでしょうか?泉さん:保育士の労働環境を安定させることが、子どもが輝ける社会をつくることにも繋がると思っています。保育業界に関わらず、結婚・出産などのライフイベントを経験しても 息長く働き続けられる環境であるかどうかは非常に大切だと思っています。 後は、厚労省と文科省という典型的な保育士と幼稚園教諭の壁の問題もあるので、 国として課題の整理が必要な時期に来ていて、 保育士として働きたい人が誇りを持ち、待遇も改善されながら、 働き続けられる道を残すべきだと思います。石毛:ありがとうございます。弊社は累計40万人以上が登録する、保育士の就職支援サービス「保育士バンク!」を運営しており、保育士バンク!総研もこれらのデータベースを活用して、調査・研究を実施しています。その他、保育業界の課題解決のため、プラットフォームとして人材確保から業務支援、定着まで様々な事業を展開しています。保育士の働き方改革として、我々が間に入ってできることはまだまだあると思っています。泉さん:保育士さんの「働き方を変える」という提案もできるよね。明石市も、出産を機に一度家庭に入っていた潜在保育士の方に復帰してもらえるようなサポートの仕方を探っていて、子育てとのバランスをとりながら多様性のある働き方ができると復帰もしやすいですよね。石毛:まさに、現場の保育士さんからもそのような声を頂いていて、弊社は子育て支援事業として「KIDSNAシッター」という有資格者100%のベビーシッターサービスも展開しており、そういった保育士の方でもフレキシブルにベビーシッターとしても働ける場所を提供できるよう、トライしているところです。また、保育士バンク!総研では、保育現場の課題解決に向けて、定期的に現場で働く保育士さんにアンケート調査を実施しています。先日行った調査では、こども家庭庁に最も期待することとして、「処遇改善・配置基準の改善」を求める声が約9割を占めました。この結果に関しても、ご意見を伺えればと思います。泉さん:処遇改善について、明石市長の時に意識して実施したのは、「見える化」です。各保育施設の待遇を見える化し、一覧表にしてホームページに全部掲載しました。明石市の保育士支援の一つとして、保育士への給与改善を実施した私立認可保育施設に対して月額給与増額分(最大20,000円)の2分の1を限度に助成する制度があるのですが、施設側と折半する支援にも関わらず、保育士側に支給されていないという事案も発生していて。それを防ぐために、各保育施設がどのような待遇で、どのような時給で支給しているか、一覧化するということをやりました。保育業界はアナログなところも多いし、そういった意味での見える化もまだまだ不十分だと思います。石毛:なるほど、今後も透明性が求められますね。今、こども未来戦略方針でも保育士の更なる処遇改善と 2026年に向けた配置基準の改善が進んでいるかと思いますが、現場からも配置基準を改善してほしいという声が数多く寄せられています。泉さん:配置基準を変えるのは当然のことだと思います。遅いくらいかと。日本ももう少し手厚くすべきで、ヨーロッパでは、医療的ケアが必要な子ども、発達障害のある子どもにはマンツーマンで接するのが当たり前です。配置基準というものを、子どもの年齢に対して1、2名というものにするのではなく、子どもの特性や支援の部分も加味した配置にする必要があると思います。他の国でできているのだから、日本でできないはずがない。75年も変わってないってどうかしてるよね。政府は子ども予算を倍増すると言っていますし、そういった予算がきちんと保育士さんの処遇改善にも活かされるべきだと思います。子どもの命を守るのは、政治の仕事。保育環境の整備や処遇改善も含め、トータルで子どもに向けた予算を増やしていくべきだと思っているので、これからも声をあげていきたいですね。石毛:配置基準が改善されることで職員の採用数が増えることになります。そうすると保育士さんは働く場所の選択肢が増え、質も一定数担保される一方で、人材不足も加速していくという声もあります。泉さん:大きな方向性としては、前に進んでいると思います。こども家庭庁が推進する「こども誰でも登園制度(仮称)」があるけど、それを対応する保育士はどうするのとか、 実際の職場環境の困難性とかは課題だと思いますね。やはり、一定継続的に来るからこそ、子ども・親との信頼関係に基づく対応ができるのであって、きちんとその子の特性とか、アレルギー対応とか病気とかも含めて、当然対応しないといけないものを「いつでもお気軽にどうぞ」と言えるほど、簡単ではないはずです。そういった意味では、保育施設からすると「ちょっと待って」という部分があると思うんですよ。人材不足の現場に、いきなり初めましての子が次々と来られたら、その子にも対応できないし、これまで見てた子に対してのフォローだって 疎かになりかねないわけだから、それに対応できるだけの保育士の数とか、待遇改善しますかという論点が必要だと思うので、その辺りはおそらく前には進んでると思いますけど、進み方とか進む時の課題解決という部分も十分に検討されているかなと。石毛:そこに関しては、現場からも「誰でも登園制度ができることによって、現場の負担が大きくなるのではないかと不安です」という声も頂いています。泉さん:社会で子どもを育てるという意味では素晴らしい制度かと思いますが、それを進めていくのであれば、そこで働く保育士の待遇改善や、保育の質の問題はセットで考えることが重要かと思います。働く女性が増え、家庭環境も昔とはずいぶん違ってきていて対応も複雑化していますし、それぞれのニーズに対応するための配置基準の見直しや、専門性の向上、質の向上が益々課題ですね。保育の質という意味では、保育士資格の見直しの議論もありますね。私の考えに過ぎませんが、保育施設にも、専門性のあるソーシャルワーカーのような機能をもった保育士がいても良いと思います。虐待のリスクのあるときに適宜対応できるような、より専門性の高い資格をつくって、そのような方が各保育施設に配置されていると安心感がありますよね。石毛:保育士さんからも「理想の保育がしたい」というニーズはありまして、それが実現できる園で働きたいと求人サポートのご登録を頂いています。課題のなかには、「アナログな作業が多く、手書きの報告レポートに謀殺されて、理想とする保育ができない」、「苦情対応や決められている対応に追われて、やりたいことや自己研鑽への時間捻出ができない」などの声もあります。我々もそういったことが少しでも改善されるよう、業務支援システムなどを提供していたりはするのですが、もっと抜本的に効率化できないのかということは常に考えていて、このあたりもお話をお伺いしたいです。泉さん:結局、雑務から解放するのには、一定のルール化が必要なんですよね。今の手作業的な部分を、いかに統一的なルール化を図るか。 いま過渡期ですけど、この辺りを保育業界でも自治体ごとに後でバラバラにならないように、できれば統一データ化でやっていければ一気に変わるだろうなと思います。特に手作業からの解放は大きなテーマで、子どもの病気・アレルギーなど命や成長に関わることはきちんと残すべきだけど、業務に優先順位をつけて効率的にできる方法はいくらでもあると思うし、子どもと過ごす時間をより確保できるような、働き方の改革が重要だと考えますね。明石市も、職員の働き方改革を実施して、少数精鋭で全国初の施策を100以上やってきましたからね。保育士の仕事は、子どもと共に過ごし、成長にとって何が必要かを考え行動し、保護者とも連携して、場合によっては毅然とした態度を取るべきこともある、非常に責任を伴う仕事です。命を預かる仕事をしているなか、日常の雑務に謀殺されていては心が持たない。保育士が、できるだけ子どもに寄り添える時間を確保し、待遇を改善してやりがいを持てるように支援する。そうすると志の高い保育士さんが集まり、人材不足も解消する、という好循環が生まれると思いますけどね。――― 泉さん、ありがとうございました。保育士バンク!総研は、保育業界の課題に向き合い、解決に寄り添うことで保育業界に貢献することを目的に設立いたしました。これからも、保育に携わるすべての方にとって有益な情報の発信に努めてまいります。<参考>【保育士バンク!総研 調査レポート】保育士が、こども家庭庁に最も期待することは「処遇改善」。「配置基準の改善が、不慮の事故や不適切保育の防止につながる」との声もhttps://www.nextbeat.co.jp/news/19773